【No.】 147
【ストレッサー】 ふるさとを失った悲しみ
【内容】 人生すべての思い出がつまっている母の実家が、立ち退きになってしまう
【分類】 E 身近な出来事
【効果】 ★★★
【対処法】 こういう日が来るのは元々わかっていたので、人生の大切な通過点として思い出とともにしまっておこうと考える
【ストレッサー型】 3 クヨクヨ過去悔恨型
【解説】 それは今年の3月に起こりました。母は老人ホームにいるので、母の実家は、母の弟である叔父がひとりで住んでいたのですが、借家で立ち退きになりました。叔父は近所のアパートに引っ越したのですが、その家は小生にとってとても大切な場所でした。
母が幼い頃に引っ越してきたというので、築年数は不明ですが80年以上であることは間違いありません。間取りが3K(6畳、4畳半、3畳)の木造平屋建てで、昔の古い大きな畳を使っていたので、今の畳の大きさであれば(8畳、6畳、4畳)くらいのスペースがあるかもしれません。
小生が誕生から4歳まで、小学校3年生の夫婦げんかで転校させられた4か月間と、19歳から24歳まで約10年近くも過ごしていた場所でもあります。小学生の時に、父親に内緒で購入した中古パチンコ台はこちらに置いてありました。大学生の頃は3畳に布団を敷いて寝起きし、玄関口に机を置いて勉強をしておりました。社会人になって近くにアパートを借りていましたが、会社帰りに実家に寄って夕食を食べていた時期もありました。
90年代に2度も、近所に流れている川が氾濫して床上浸水の被害に遭い、畳をその都度交換することになりました。借家でしたが、改築や畳の交換はすべて大家さんではなく借り手側の負担になっていました。それだけに、単なる借家ではなくなり、思い入れがそれだけ深いものがあります。
昨日の夕方、母の老人ホームで面会を済ませた後、主のいない元実家の様子を見にいきました。庭の植木は手入れがなく茫々と伸び放題で、見るからに廃墟になっていました。家の前には井戸があるのですが、鉄格子で入れないように囲われていました。涙は出ませんでしたが、何だか無性に悲しくなってしまいました。この家には小生の人生すべての思い出がつまっているのに.........
こういう日が来るのはわかっていたのですが、「ふるさとを失った気分だ!!」と老人ホームでいっしょに母と面会した弟も言っていました。弟はゴールデンウィーク中に元実家の様子を見にきたとのことです。きっと、小生と同じような気持ちになったと思われます。人生の大切な通過点として記憶に残しておこうと思いました。
ところで、小生の戸籍の本籍地が出生時からずっとここの実家の住所のままになっています。弟も同様なので、今後本籍地をどうするのか考えてみようと思っています。
それと、5年くらい前に戸籍に記載されている実家の近くにある出生地を見にいこうとしたことがありました。しかしながら、町名は存在するのですが、番地がなくなっており、場所の特定ができておりません。役所に訊けば、現在の住所と番地がわかると思うので、暇な時に自分の出生地を訪ねたいと考えております。
いつもお読みいただきありがとうございます。